僕は日本の文化だけでなく海外の文化で育ってきたので日本人の子供と両親関係はあまりわからないです。でも出会ってきた人の中でかなり共通する点があります。みんなではないですがおそらく大部分を占めるかと思います。

 

それは親からどう見られているかという心の奥底に秘められた心配。

親から離れ、経済的にもある程度自立したときに視点と世界観が180度変わりました。そしてこんなことを考えました。

 

親がいてくれたことで自分は生きられた。それは本当に感謝している。だがそれを理由に親の考え事や願望に妥協する必要がない。だって俺は俺の人生を生きてるから。

 

それが自分の幸福と自由につながります。

 

親の願望や考えに妥協している人は幸福と自由を得られません。絶対に。本当にそう思います。

 

僕の周りに30代の友人がいます。彼女はほぼ毎週(もしかしたら毎月だったかもしれません)里帰りして親に必ず会います。なぜ?と理由を聞いたら「会わないと親が悲しむから、会わないと親から何か言われるから」。

 

ただ単に親が子供に会いたいという勝手な願望を満たすためだけに自分の貴重な時間と大切なお金を使って彼女は親に会いに行っています。

 

それだけで終わらないです。友人は海外好きで海外旅行を計画していたのにそれを親に伝えると親はびっくりし、父親はいきなり調子が悪くなり、結局はいけなかったのです。海外へ行ったら心配しすぎて調子悪くなるから行かないでと間接的に言ってるかのような、脅しのように思ってしまいました。

 

この例は極端かもしれませんが実際親の意見や願望に影響されて日々を過ごしている人は多いのではないでしょうか?

 

大きくても少なくてもなんらか影響されてるかもしれません。

 

僕の経験ですが親にとって好ましくない行動を阻止するために親が出した意見を聞いて何か良いことがあった経験はほぼ一度もありません。もちろんそれが必ずしも他人も一緒だとは言い切れません。

 

ただ、ネガティブ的な心配要素を含んだ親の願いや意見や願望というものは子供に対する愛着心から来ています。これは縄や鎖のような縛りです。あなたを手ばなさない。あなたの思い通りにはさせない、私が安心するために。そう思いたくないけどそうです。自分の子供がしたいことをさせない、それは自分を心配させるから。自分が長年かけて育て上げてきた子供が自分が好ましくないことをしてしまうから。

 

そんな考えを抱えたまま子供はどんな気持ちでしょうか?想像できると思います。

 

ストレスです。自由にしたいことができない、親が心配するかもしれないから。親に何か言われるから。親と親戚から変に見られるから。

 

実はこの記事を書くきっかけとなったのはとあるフェイスブックの投稿でした。

 

ある本屋さんが投稿した記事に「お父さん、ごめん。まだ結婚できそうにない。」

 

この文章は間違っていると思いました。

 

なんでお父さんのことを自分より立場や地位的に上の人目線で見ているのか?だってどう考えてもあなたは大人だよ。

 

なぜごめんという必要があるのか?何も悪いことしてないよ。

 

結婚ができないこと自体をなぜ失敗と思うのか?もしくはなぜそれを重要だと思わないといけないのか?また、なんでそんな目に見えない期待を受け入れてるのか?

 

この文章は正直いうと子供が欲しいことではありません。これは親の欲しいことです。親とその周りの人が期待することに答えられていないという文章にすぎません。

 

そして子供はまるでその願望は自分のものであるかのように振舞っています。

 

しかし本心は違うことを絶対に叫んでいるのです。

 

結婚なんか自分の自由だよ。自分がしたければするのに。だからそんなの気にせんで、、、と。

 

長々となりましたが、結局自分はここで何が言いたいのか?

 

言いたいことがつまり、自分を産んだのは親だが自分は誰のものでもない。

 

それをわかって欲しいです。

**書いてる記事はあくまで自分が経験したことから述べています。たまに変な日本語を使うかもしれません。あと、僕みたいな考えを持っている人もいるんだなと何か参考になっていただければ嬉しいです。